秋華賞直前なので予想を発表するよ

 

さあ、牝馬3冠の最終戦秋華賞だ。京都に住んでいた昨年まで毎年現地観戦していたレース。今年はテレビで見ると思うとなんだか寂しいな。去年は現地で生の有村架純を見て発情していたのを思い出したよ。帰ってから猿みたいに死ぬほどしこった。レースそのものの記憶は全くないよ。G1だか自慰1だか知らないけどとりあえず当てて見せる。

 【出馬表】

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◎⑪ミリッサ

○⑰ポールヴァンドル

▲⑭ディアドラ

△⑦リスグラシュー

×④モズカッチャン

 

本命はミリッサ。本当なら去年秋華賞を勝つ予定だったシンハライトの半妹ということで注目したんだけど、前走を見て本命に決めた。

まず秋華賞は差し、つまりは瞬発力勝負になることが多い。だからディープ産駒が得意とするレースなんだけど、今年のディープ産駒はどれも瞬発力に秀でたタイプではないんだよね。ということでディープ産駒を除外して考えた結果、前走終い重点の競馬に徹した◎~△までの馬が必然的に対象となる。とりわけミリッサは好位に行けない馬ではないのだけれど、前走テンで追わずに内でしっかり脚を溜め、終い重視のレースをしてきた点に好感。直線がスムーズに行かなかったことを考えると今回は枠も含めて良い条件になったんじゃないかな。鞍上がこのレースの勝ち方わかっているのもポイント高い。姉の無念をこの馬がきっと晴らすよ。

ポールヴァンドルは繰り上げに次ぐ繰り上げでまさかの対抗評価。前走のレースっぷりはもちろんだけど、大型馬でこういうタイプはすごくロマンを感じる。夏を越えて馬が強くなってるしタッチングスピーチ枠で評価したくなる。ピンク帽で過剰不人気の今回は狙わずにはいられない。

ディアドラはポールヴァンドルを対抗で買うならここで買わないわけにはいかないよねということで三番手評価。枠もいいし重視せざるを得ないといった感じ。

リスグラシューもミリッサ本命なら買わないといけない馬。正直春先からの成長度合いに疑問を感じるけど、このメンバーなら地力上位なのは間違いない。ただ勝ちきれない馬なので頭はどうか。2着以下で。

モズカッチャンは枠が良いので買い。内枠でデムーロ、強気に乗られたらやはり怖い。

 

次に切る馬。

 

まずアエロリット。クイーンSからの直行ということですがきついんじゃないでしょうかねえ。過去に同じローテを歩んだ馬で勝ったのはアヴェンチュラのみですよ。じゃあこの馬はアヴェンチュラ級なのかって話ですがありえない。7か月の休養明けの準オープンで古馬相手に楽勝。次の古馬相手の重賞で楽勝。秋華賞も勝ってキャリア最後のエリザベス女王杯スノーフェアリー相手にタイム差なしの2着。順調に行ってたら間違いなく怪物牝馬と言われていた馬だった。アエロリットがそのクラスだとはとてもじゃないけど…。しかも今回の相手は普通にレベル高いし前走みたいなハンデもなし。調教師も実績なしときたらこの変則ローテで勝てる気がしませんわ。馬券に入れてもいいけど頭は絶対ない。僕は切ります。

次にラビットラン。まあ今回はないでしょ。秋華賞勝ちに来ている馬のローテではないよね。まず芝のレースはワンターンのコースしか使ったことないし、ダートで京都1800m使ったときもキャリア唯一の掲示板外。それで小回りが苦手だなんて言うつもりは毛頭ないけど、こういうとこ狙う陣営なら一度芝の小回りを経験させてくるもんだよ。元々順調に来ていない馬だから今回はしょうがない。レースぶりからも器用な馬とは言えないし。今後に期待ということで切り。

ファンディーナは調教が悪すぎで切り。フラワーCの相手も弱かったしここでどうか。地力に疑いはないけど、ここで外枠から勝てる仕上げをしているのか。その点に疑問。今後に期待で。

ワキタエンカは前走メイチ。お釣りは今回ないでしょう。ノリさんがアエロリットのライバル馬を腕試しした感が否めないので。またいずれおいしく買えるときがくるでしょう。

 

買い目は

三連単ながし◎→○▲△×

ワイドボックス◎○△

 

以上。

 

 

土曜日中央の予想をしたんだが。

めっちゃ久しぶりに競馬ブログ書くぞ。備忘録みたいなものだから文章はめっちゃ適当。悪しからず。

 

京都1R ダート1400m

2歳未勝利

◎8ブルベアルッコラ

このレースは間違いなく荒れる。…間違いなくとは言いすぎかもしれないが、なんか変なのが突っ込んでくる気がするよ。その筆頭が◎ブルベアルッコラ。キャリア3戦目で初めてのダート。そのうえ距離短縮、叩き2走目と一変の臭いがプンプンするが、他にも買い要素はある。

まずは血統。下が半兄シゲルドリアンの血統。

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次がブルベアルッコラの血統。

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どちらも父がキングマンボ系の配合である。

シゲルドリアンは芝を4戦こなしたあとダート短距離に主戦場を移していきなり勝利。2着はその後まあまあ活躍したカジキだったから、フロックの割にはまあ出来すぎの勝利だろう。似たようなローテを踏むブルベアルッコラも相手が弱い今回ならワンチャンある。前述したような一変の可能性を秘めた要素も相まってここはぜひ期待したいところ。

しかもこの馬の新馬戦のメンバーはなかなかハイレベル。8頭立てで2.6秒も負けた最下位の馬がダートで好走したり、他の馬も安定して上位争いしているからこの馬も実はまあまあ強いんじゃないか。買う要素しかないね!

【買い目】

単勝8ブルベアルッコラ

ワイド2-8

3連単1頭軸ながしマルチ8→2,6,9,10

 

明日はこれしか買うレースないので終わり。

DMMアダルトを語りたくなった

「週末は何をしますか?」「趣味はなんですか?」

 

これらの質問をされると僕は大抵戸惑う。実際に戸惑っている様子を表に出すことはしないけど、内心めちゃくちゃ焦る。なぜなら人様に自信をもって言える趣味ではないから。ワンチャン競馬は受け入れられるかもしれない。だけど「DMMでエッチなビデオを漁ることでーす☆」なんてとてもじゃないけど大きな声で言えない。

 

この前の合コン的なパーティーでも同じことを聞かれた。すげえ迷った挙句「景色を見てボーっとすること」とかいうわけのわからないことを言ってしまった。まあテキトーなことを言ったわけではなくて、京都に住んでいた大学時代に、下宿先のマンションから大文字山を眺めて1日が終わったこともある程度には好きなことだ。だけど決して趣味ではない。こんなの無趣味なやつが言うことで、僕はなんなら多趣味なのでなぜこんなことを言ってしまったのか不思議で仕方ない。不思議で仕方ないけどDMMでエッチなビデオ云々など口が裂けても言えない僕の脳みそが咄嗟にした逃避行動だったのだろう。

 

だけど誰がなんと言おうとDMMでエッチなビデオを見ることは僕にとって生きがいだ。いや、イキGUYだ。無料のエロサイトで見るのは趣味ではない。DMMで見るという行為が大切なオンリーワンだ。

 

ではなぜDMMで見ることが大事なのか。

 

1.動画は買う物

まず1つ言えるのはDMMでエッチなビデオを「買う」ということが非常に重要なことだからだ。昨今AVの出演強要などが社会問題になっている。この根底にあるのは無料エロサイトの存在だと僕は思っている。これによってAVの売り上げが落ち、制作会社が苦しくなり一部で出演強要が起きるという悪循環だ。買うことで女の子も守られ制作会社も悪の道に走らずに済む。平和がなにより。僕がAVを買うことにより世の中が平和になるなら僕は喜んでAVを買うよ。例えそれが子供の養育費であってもね。

そういえば学生時代のバイト先の後輩にこんなやつがいたよ。「エロ動画は一期一会。お気に入りを見つけてもその動画で抜くのはその1回限り。ワンナイトラブってやつだね。」と言うんだ。その時は笑って流したけどバカかと。それはAVを買ってないやつが言うセリフだ。誰かがリスクを払ってアップロードした動画をノーリスクで見るやつなんて論外だ。しっかり吟味して金払ってその動画を見たらワンナイトラブなんてありえない。狂おしいほどその動画を愛するよ。キチガイみたいに。

 

2.サンプルの力

そうそう、買うという行為においてDMMほど良心的なサイトはない。ほとんどのサンプル動画をチェックすることができる。例えるなら日本酒やワインを買うときに必ずテイスティングさせてくれる酒屋さん。あるいはあらかじめ生の女の子を見せてくれて宣材写真詐欺に引っかからないようにしてくれる風俗店。そんなん最高ですやん。僕なんかは髪フェチなので好きな女優でも時期によって嫌いな髪形・髪色の場合がある。だけどDMMはあらかじめそれをチェックさせてくれるから好みの商品だけを買うことができる。好きな女優を嫌いにならずに済む。あ、くれぐれもサンプル動画で抜こうとするなよ。抜きたくなったらそれは買えのサイン。買わずに抜いたそこのお前。スーパーで試食ばかりして買い物しない薄汚いおっさんと同類だぞ。恥を知れ。俺もちょうどこんな文章書いてる自分に恥を知れと怒鳴りつけたところだ。一緒に反省しよう。

 

3.DMMはおふくろ

ところで「DMMはお母さん」という格言を知っているだろうか。今即興で考えた言葉だから誰も知らないだろう。だけどこの言葉、このコンテンツのすごいところを一言で表している。例えば偏食にならないこと。DMMは自分の好み以外の商品提案を常にしてくれる。無料エロサイトは所詮エロ管理人の好みでアップロードされるだけだが、DMMは多種多様な商品提案を繰り出す。世の中のトレンドも常に流してくれる。一人暮らしで偏った食生活になった学生が実家の夕飯を食べたときの安心感。あれに似ている。あ、久しぶりに食う酢の物うめーな、こんな世界もあったんだねと気づかせてくれる。だけどそれだけではない。もちろん自分の好みも把握してくれてるのだ。一人暮らしの家に戻る前日の晩御飯に大好きなハンバーグを作ってくれるあの感じ。まさにDMMはお母さんだ。「野菜も食べなさいよ」「てへへ、わかってるよ母さん」そんな会話が聞こえてきそうだ。

 

4.ベッドの下に隠さなくて住む

すべては自分の手の中だ。お母さんが部屋を掃除中にベッドの下からAVを見つけ出す心配はもはやない。そんな時代は3億年前に終わってしまった。引っ越しの最中にどっか行くこともない。常に持ち歩ける。なんなら職場、電車、ラーメン屋、高級フレンチ、パンケーキ屋、どこにでもAVを持っていける。そんな夢のような空間をDMMが演出してくれる。いつか子供のAVをベッドの下から見つけるんだろうなあとか妄想して楽しみにしていたそこのお母さん。残念ながらその期待は実現しそうにありませんよ。今頃お子さんはあなたをあざ笑うかのようにリビングでAVを見るスリルを味わっていることでしょう。自分の子を手コキして抜くことはできないけどイヤホンを抜くことはできます。いやがらせしてやりましょう。

 

 

書いてて死にたくなってきたのでおわり

「馬券意外の魅力があるんだよ競馬には!」という戯言

実際馬券以外の魅力はあると思う。血統のロマンとか馬が走っている姿とか。好きな馬や騎手を応援するのも良いと思う。競馬場散策も意外と楽しい。場内のB級グルメを突きながらビールを乾いた喉に流し込むなんてのもなかなかの醍醐味。一眼レフ構えていろんな写真を撮ることも見てて面白そう。色んな楽しみ方が競馬にはあるしそれ自体否定する気などさらさらない。

 

だけど「馬券がすべてじゃない」とか「馬券以外の魅力があるから競馬は楽しいんだよ」みたいな、馬券は二の次的な発言にはかなり違和感を覚えるし不愉快にすら感じる。それらの発言は馬券が世間一般から見た競馬に、負のイメージを植え付けている諸悪の根源という前提条件に基づいたものであると考える。言ってしまえば臭い物に蓋をする行為だがちょっと待て。馬券はそもそも臭い物なのだろうか。

 

まず超大前提として馬券の売り上げがないと競馬運営は成立しない。控除率云々の話はまた別の話だからここで詳しく書くことを差し控えさせていただくが、1億の売り上げがあればそのうち1000万以上は競馬の運営費用に充てられる。(ここでは人件費他諸経費を運営費用と考える)

 

それが果たして臭い物なのか。これがないとそもそも馬券以外の楽しみを楽しめない。競馬の根源なのだ。それを二の次とする。自分を正統化するためにその根源を否定する。殊更違和感を感じずにいられない。

 

そして馬券を買う以外の楽しみをもって競馬を見ている競馬ファンが全体の何割いるのだろうか。僕は1割もいないと思っている。僕と人生で初めてオフ会をしてくれたウマジョの方がいらっしゃるが、リラックマが好きな馬券狂いのおっさんとは真逆の人間だ。そんな人でも馬券はしっかり買う。フォーメーション用の赤いマークシートを駆使してしっかり3連複を買う。馬券を買うことは競馬を見ることと常にセットなのだ。馬券がない競馬は、大橋のぞみちゃんなしで藤岡藤巻とかいうオッサン二人組が歌う「崖の上のポニョ」ぐらい価値のない物である。

 

あとそういうことを言う人達は、僕みたいな馬券狂いを全力で否定している気がするが、お前らに競馬愛で負けているとは決して思わない。僕が勝手に師と仰いでる血統ビーム・亀谷敬正さん。彼は馬券を買うために大学を中退している。元々ダビスタ四天王として中学生当時から有名人だった。血統のロマンという馬券以外の魅力をそこらへんの競馬ファンの数十倍知ってる人物だ。そんな人が当時の法律に葛藤した挙句、馬券を買うために大学をやめたのだ。そしてその血統のロマンを自分の馬券に生かしている。こんな素敵なことがあるだろうか。もちろん馬券の味を知らない時に芽生えた競馬への愛はそのままだ。

 

ここまでいろいろ書いたが、そういった臭い物に蓋をする発言は未成年の競馬場入場規制の際によく見られた。だから彼らに1つ言っておきたい。競馬がどうやって成り立っているのか再確認しろ。そして受け止めろ。そうやって現実逃避する手口はいつまでも夢を追い続けてニートしている自称浪人生と何1つ変わらない。馬券狂いの自覚なしで馬券狂いになっては本末転倒である。おわり。

NHK見てたらオノヨーコがなんか良いこと言ってた(便所の落書き)

オノヨーコがなんか良いこと言ってた。すっごいうろ覚えだけどめっちゃ良いこと言ってました。

「悪いことが本当は良いことかもしれないって思うようにしてる」

たしかこんな感じの内容だったと思うんだけどめっちゃ心にしみる。さすがジョンレノンと結婚した女だなと思った。

 

めっちゃ渾身のツイートが滑ったとき。「実は滑っていない」と思うのは現実逃避かもしれないけど、「めっちゃ滑ったけどインプレッションは多かったしいいや」と思うのは現実逃避ではない。悪い要素に目をつぶって実際とは違うことを落としどころにするのは現実逃避だけど、良い要素を見つけてプラスに考えるのはむしろ健全な思考回路だと思う。だからインプレッションが多かった、つまり多くの人に見てもらったことをプラスに捉えればいい。恥を大衆に晒しただけかもしれないけど。

 

女の子に振られたとき。「いや、本当はあの子俺のこと好きなんだけど、シャイだから断られただけ」。これは現実逃避意外の何物でもないけど、「あの子と僕は元から結ばれない運命なんだ。今後最高の女の子に出会うために今回は振られて正解だった」。これはその通りかもしれないので良いと思う。一生最高の女の子なんか現れないかもしれないけど。

 

めっちゃ競馬で負けたとき。「いや、あの馬が来てたら当たってたし実質当たってるよね」。これは完全な現実逃避。タラレバ親父も真っ青。だけど「惜しい内容だった。簡単に当たるわけがないんだしこれ外したくらいならなんともないよ」なら冷静に現状分析できてるし現実逃避にはならない。一生当たらないかもしれないけど。

 

いじめられたとき。「あいつら本当低レベルだし僕がいじめられてることがおかしい。こんなところをやめたらいじめられないよ」。これすごくシビアだ。本当に低レベルな人間かもしれない、ていうかいじめ自体低レベルな事なんだけど、いじめって絶対なにか原因がある。例えばアトピーが原因でいじめられている人いるけど逆にいじめられていない人もいる。正直言うといじめられている人とそうでない人の違いは性格の差だと思う。そうだと言い切れる。もちろん理不尽ないじめは世の中にたくさんあるけど、そこから脱却するにはその集団から抜けることではない。根本的な解決方法は自分を変えること。

 

つまり何が言いたいかというと、自己分析・現状分析ができないと物事の表面しか汲み取れない。だからその状況にそのまま左右されてしまう。流れを変えるにはしっかり起きていることを理解することが必要だ。変に自信を持ち続けたら永遠に滑るし負けるしモテないしいじめられる。根拠ある自信ならその流れを変えられるかもしれない。

 

ぼくも自己分析をしっかりして年間収支+200万を実現。そして尻突き出して走ってくるまゆゆを出会って5秒で後ろからはめて見せます。

メロスが激怒していない世界

メロスは激怒しませんでした。いい年して笛を吹いて羊と遊んでるような、政治もわからないゴミなのでしょうがないですね。いや、まあ人一倍邪悪には敏感なんでワンチャンありましたよ。だけど政治わからないしいくら王様が暴君と言っても短刀持って城に乗り込むほど男気ねーよ?なんなら羊ってセフレの隠語だからね?笛吹いてるも隠語だよ?竹馬の友・セリヌンティウスもあれ竹馬の友じゃなくて乳首の友だから。残念でした。さらばじゃ(笑)

 

 

僕はよく物語を読むとき違う世界線を想像する。現実で起こっている事柄でも違う世界線を想像する。先述した走れメロスはしょうもない一例だが、こういうこと考えるのすごく楽しい。なんならその方が幸せな世界じゃないの?と思うし実際のシナリオより辻褄があったりするから面白い。国語の授業の時間は先生の話を聞かず、もっぱらこんなくだらないことばかりしていた。

 

ただ現実で起こっている事柄で同じことをすると、ロマンあるなあと思う反面、所詮タラレバの域を脱していないなあという点に収束してしまう残念感がある。競馬なんて特にそうで、勝春があそこでうまく捌いていれば、吉田豊があそこで詰まってなければなんて言ってもただの負け惜しみにしか聞こえない。残念ながら。

 

たまに自分の人生を振り返って「あの時あーしてればよかったな」と後悔し、違う世界線を想像することがある。僕の小中学生時代の母校はめちゃくちゃ頭がよくて、東大に入った友達が何人もいるし、旧帝大の医学部に入った友達が何人もいる。自分はある意味浮いてたけど、それでバカにされることはなかったし、何ならそういうキャラとしてみんなが受け入れてくれた。良いやつらばかりだった。ただ先生たちは僕が宿題をしなかったりまったくテストにやる気がないのを見てかなりしばき倒してきた。国語だけは得意で周りのエリートに勝つことがしばしばあったのでどや顔して鼻を伸ばしていたが、その度に音速でへし折りに飛んできた。当時はもちろんうぜーなとしか思わなかったが、もしあの時先生の言うことを聞いて勉強したらまた違う人生があったんだろうなあと今は思う。それが良い人生なのか悪い人生なのかはわからないが。

 

だけどそういった想像をしたあとは必ず「今の自分でよかったな」という結論で不思議と収まってしまう。違う世界線の自分が、違う過程を歩んで最終的に今の自分と同じ職業に就いた場合、必ずしもそれがプラスに作用したとは言えない気がするからだ。自分の人格は今までにいろんな失敗をして、それから学んで形成されたものだ。違う世界線の自分を想像するときって、大抵なにかネガティブなことが起きたときだと思うんだけど、それらが一切ない順風満帆な人生ってなんだか逆に怖い。最後の最後にめちゃくちゃ大きな失敗をしてそれが台無しになってしまいそうで怖い。だから今の自分を形成した過去を否定するのはなんか違う気がする。自分に自信を持て。持てないやつは今が失敗なんだからちょっと風向きが変わるようにがんばれ。それすらしなかったらなにも変わらない。

 

とりあえず高島礼子に筆おろししてもらいたい人生だった。

「乳首なめてよ」と聞いてみた結果www(※乳首について語ってます※)

先日某フォロワーさんに彼女ができたらしい。とてもいいことである。しかも付き合ってから一度も馬券で負けていないらしい。すごすぎるし羨ましい。アゲマンってしゅごい。素直に祝福したい。

 

彼女と最初に会ったときホテルに行ったらしい。一緒にベッドで寝てキスをしたらしい。「乳首なめてよ」と言ったら断られたらしい。そんなおかしな話はないだろうと思った。男とホテルに行ってベッドに寝てセックス以外の選択肢があるだろうか。付き合って何年も経つカップルがホテルに行ってDVDばかり見て暇つぶしをするのはよくあることだ。しかし初回デートでホテルに行ってセックスをしないとは如何なものか。温泉に行ったのに部屋風呂しか入らないくらい意味がわからない。うなぎ屋に行ってうなぎのタレだけかけたごはんしか食べないくらい意味がわからない。

 

しかし2回目のデートで思い切って告白したあとに「乳首なめてよ」と聞いたらなめてくれたらしい。この話を聞いたとき乳首に対する知的探求心が泉のごとく湧いた。交際関係にならないと乳首をなめてくれないというその一線が僕には理解できなかったから。

 

とはいえ乳首はパンドラの箱的な神秘性があるのも事実だ。オナニーを覚えたての中学生は乳首という物に慣れていないので、乳首丸出しのおっぱいに異常なまでの信仰を見せる。僕も中学生の頃は親に隠れて特命係長只野仁の乳首が出てるシーンをこっそり見て粗末なちんぽをびんびんにしていたものだ。yourfilehost、カリビアンドットコムで必死に乳首を見ていたものだ。ただ今の僕は違う。AV女優よりグラビアアイドルにエロを感じる。素っ裸でセックスしてるAVより着衣セックスしてるAVのほうがエロを感じる。ニット生地をノーブラで着て乳首が浮き出てるやつなんてすごくいい。乳首だけ☆とか♡のシールで隠してるやつなんかもすごく好き。中身が見えないわくわく感、小学生のガチャガチャとかカードを買ったときのわくわく感に似てる。高崎聖子がAVデビューしたけどがっかり乳首すぎて萎えてしまった。やっぱり乳首がわからなかったときのほうがビンビンポイントは高めだった。

 

そういえば最近テレビで乳首を見なくなった。どうやら法規制が厳しくなったらしい。今の中学生たちは深夜番組で乳首を見るというわくわく感を味わえない。とてもかわいそうだ。我慢できなくなってネットでエロ動画を調べてワンクリック詐欺に引っかかったらかわいそうなどといらない心配をしている。でもこの前久しぶりにテレビで乳首を見た。アフリカの原住民族の乳首だ。なぜあの女性たちの乳首は映していいのだろうか。日本在住のアフリカ人は普通に興奮してしまうでしょ。人種差別として厳重に抗議しておく。

 

そんな乳首を女の子たちはどう思っているのだろうか。やっぱり乳首をなめるという行為は神聖なものと感じているのだろうか。あくまでも男目線の乳首像しかわからないので、女目線の乳首像は全く想像もできない。男ぐらい乳首を神秘的なものとして見ているなら付き合うまで乳首をなめないというポリシーも納得できる。自分にとって永遠のテーマとなる予感がするがとりあえず僕も乳首なめてほしいので乳首なめフレンド募集しています。

 

※初デートはホテルじゃなく自宅だったとご本人から訂正がありましたので補足しておきます。