漫田久子の備忘録

日常、競馬など

「がんばる」という迷惑界No.1ワード

最近他人に「頑張れ」と言ったことに対して酷く後ろめたさを感じた。自分自身「頑張る」という言葉がとても嫌い、というか他人から言われるのがとても不快に感じる。自分を奮い立たせるために「頑張ろう」と思うのは良いけど、他人から「頑張れ」と言われると「なんでお前に言われなあかんねん」と思ってしまう。僕の醜悪な性格が滲み出ている。そんなだから自分が他人に対して「頑張れ」と言ってしまったことが許せなかった。だが困ったことに、「頑張れ」を言ってしまう場面に限ってそれ以外に適切な言葉が見つからない。関西人なら「気張りや~」などで回避できるのだろうか。残念ながら標準語はその手の言葉の多様性が皆無だ。

 

日本に住んでいると「頑張れ!」とか「ファイト!」の類の言葉を、幼少期から頭がおかしくなるくらい聞かされる。小学校中学年くらいになると学級目標に「顔晴る(がんばる)」などという謎標語が登場し、クラスに笑いが絶えなくなる。率先して笑っていたやつはどこかしらの宗教法人に入会していると確信しているが、「頑張れ」という無責任ワードと笑顔を強制をする言葉のダブルミーニングに鳥肌が立つ。頑張らなくていいし無愛想でいい。なにがダイバーシティや。

 

頑張らないと尻を叩かれるこの世の中。狭い道路を走行する自転車のおばあちゃんすら、自動車のスピードに対抗しようと頑張って漕いでいる。邪魔すぎてたまらない。「そんなところで頑張らなくていいから!」と声が出るクラクションが欲しくなる。

 

僕の仕事のモットーは「サボって結果を出す」だ。と言っても本当にサボっているわけではなく、その本質は相対的に仕事してないように見えても結果を残すという部分にある。頑張ってる風の無能が一番嫌いだから、そうなりたくないという逆説的モットーではあるが、実際めちゃくちゃ要領よく仕事をこなさないといけないのでかなり難しいことであるのは確かだ。頑張ってるように見える無能は、周りから見える部分しか手を加えないから一見成果を上げているように見えるけど、将来的な伸びしろの種を撒いていないタイプが多い。あと過程ばかり気にして肝心の結果を残していない人も多い。ノートだけやたらキレイにまとめている友達はいなかっただろうか。

 

僕の大学の時の知人にまさにそういうタイプがいた。第2外国語の授業で知り合って、他の講義で一緒になることが多かったのでプリント類の確保をお願いしていた人物だ。何回かブログやTwitterで話題にしている気がするけど、彼はさぼらず講義を出ているのに、毎回点数が僕より悪かった。家事をするために朝5時に起きて、講義中疲れて居眠りするような人で、とにかくやっていることがちぐはぐ。壁が薄いことで有名なレオパレスに「家具付きかつ有名だから」というだけで入居し、隣人の生活音で眠れない日々が続いたらしい。

 

「とにかく全力を尽くしてがんばろう」みたいな教育は、真面目な人間を不器用にしてしまうと感じる。僕みたいな不真面目な人間が得をしてしまうのは不条理なので、精神論で乗り切ろうとする悪しき慣習は根絶やしにしなければならない。本当にサボってるだけの穀潰しは論外なので、本当に根絶やしにしなければならないが。