漫田久子の備忘録

日常、競馬など

Twitterで「令和」をミュートしたったwww

今タイトルを打ってて「令和」が一発で変換できたため非常に驚いたが、ご存知の通り本日4月1日新元号が発表された。

 

正直改元について僕は死ぬほど興味がなくて、仕事が忙しかったこともあり「令和」に決定したことを午後2時頃把握した。興味がないと言ってももっとワクワク感があるだろうなあと期待していただけに、ここまで淡々と1日を過ごし「あっ、そうすか」的な感情になるとは思わず若干拍子抜けした気分ではある。

 

改元したから自分の何かが変わるわけでもないし…などという中二病みたいなことを言う気はないが、いつもと変わらない日常が実際に延々と続いていくわけである。一部の人は改元に際して仕事がめちゃくちゃ忙しくなったりするかもしれないけど、誰が何と言おうと大部分の人にとってこれは紛れもない現実だ。

 

僕は学生時代に歴史学を専攻していたので中途半端に元号の知識を持っている。まあこれは日本史の授業で習う範囲のことだけど、現在日本では「一世一元の制」に則り、天皇在位中の改元はしないことになっている。今回も新元号発表こそ在位中に行ったが、改元そのものは譲位後の5月1日になるためその原則は守られた形だ。また諡号(しごう)といって天皇崩御したあとにつけられる名前が存在する。現在は基本的に「明治天皇」「大正天皇」「昭和天皇」と呼ばれるように在位中の元号が用いられている。

 

しかし歴史を遡るとこの原則がずっと守られてきたわけではない。例えば平安京遷都の桓武天皇が在位していた時代の元号は、「桓武」ではなく天応~延暦の期間だ。一世一元の制でもなければ諡号=在位中の元号でもない。日本では長い間、天皇即位以外にも疫病が流行ったり天災が起きた不幸のタイミングや、逆に良いことが起こりそうなタイミングなど、何かと理由をつけて行われていたためである。

 

今回の改元は譲位のタイミングで行われたので、元号が変わり新元号は何になるのかということばかりに注目が集まった。別にそれ自体問題はないし大いに盛り上がってほしいが、そういった歴史を振り返ってみると、新しい時代をどう生きていくか、どう作り上げていくかをしっかり考えていきたいと感じる。

 

従来崩御のタイミングで改元が行われ、新元号は毎回自粛ムードで何となく暗い雰囲気のまま突入していったと周りの大人たちから聞く。しかし今回は今上天皇の大変な慈悲深さにより、明るく前向きな改元を迎えることができた。ここがいつもとは違う部分。

 

冒頭で「改元したから自分の何かが変わるわけでもない」と書いたが、淡々と何も考えずに暮らせばその通りなるだろう。しかしそこに何らかの価値観を創出するのも自分次第で、日常を変えるきっかけになる貴重な瞬間になるのかもしれない。

 

最高に明るい改元をスタートにして、次の改元を迎える時に「令和、良い時代だったな」と燗酒をすすりながら語り合える日々にしていきたい。改元そのものに興味や高揚感はなかったが、そんなことを考えながらいつもの晩酌をしみじみと終えた。とりあえず令和で競馬をやめたい。