漫田久子の備忘録

日常、競馬など

フェルナンド・トーレス引退にあたって

先日サガン鳥栖所属のスペイン人FWフェルナンド・トーレスが引退を表明した。サッカーファンにとっては説明不要のスーパースターであり、WC優勝などナショナルチームでも輝かしい成績を収めた。そんな選手がJリーグにやってきて、しかもキャリアを日本で終わらせたのだから、給料泥棒と揶揄される成績であっても感慨深いものがある。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%B9

 

20~30歳ぐらいのサッカーファンにとって、トーレスは男女問わずアイドル並みの人気を誇っていた。詳しいことはWikipediaをぜひ見てもらいたいが、アトレティコ・マドリーの下部組織で頭角を現すと、20代前半で一躍クラブのアイコンに成長。その後はEPLのリバプールに移籍し、初年度に得点を量産するなど大活躍を見せた。サッカー好きが講じて仲良くなった中学時代の友達数人とは、いつもトーレスのプレーで話題が持ち切りだった。当時のリバプールトーレス以外にもジェラードやシャビアロンソ、ホセレイナ、ディルクカイトにジェイミーキャラガーなど魅力的な選手が揃っていて、その時期だけリバプールファンがやたら多かった気がする。

 

そんな一時代を築いたトーレスだが、僕個人の印象では「とにかく技術的に魅せる選手」というイメージではなく、「泥臭くゴールへの嗅覚に優れた選手」という印象だ。もちろん賛否両論はあるとして、あの甘いマスクに似つかない不器用さが彼の魅力だったように思う。稀に見せるアクロバティックなスーパープレーが、さらにサッカーファンを引き付けることになったのは言うまでもない。

 


〝この頃の彼を止められる者はいなかった〟「フェルナンド・トーレス」-Redsでの全ゴール集 HD

 

チェルシーに移籍してからはスランプに陥り、「早熟」「終わった選手」などと言われたが、ACミランを挟んで帰還した古巣アトレティコではいぶし銀の活躍。ヨーロッパリーグ制覇を置き土産に、昨年日本のサガン鳥栖へ移籍した。僕が一番サッカーに熱中していた時代のアイドルが来日したわけで、当然彼のプレーを見に行きたかったが予定が折り合わず結局それは叶わなかった。鳥栖での成績は振るわなかったが、同時期に移籍してきたイニエスタたちとJリーグを大いに盛り上げた。そして先日の引退表明に至る。

 

なぜ今回わざわざトーレスの引退を記事にしたかというと、引退後も鳥栖に残りチームを改革する意思を表明してくれたことに感動したからだ。サッカー選手が引退するたびにブログを書こうとも思わないし、実際トーレスが引退すると知った時も「寂しいなあ、ついに引退かあ」ぐらいにしか感じなかった。

 

https://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=60508

 

しかし引退会見の言葉の1つ1つに彼の人柄、魂を感じて刺さるものがあった。

「日本のサッカーを世界に広めたい」「ユースを育ててクラブを大きくしたい」「できることはなんでもする」

縁もゆかりもない、1年足らずしか住んでいない異国の地でここまで熱く語るなんて普通考えられるだろうか。しかも輝かしいキャリアを歩んだイケメンのスーパースターである。地中海が見えるプール付きの白亜の豪邸に住み、余生をゆったり過ごすことくらい考えても良さそうなものだが、それは凡人の考え方なのかもしれない。そういった熱いアグレッシブな人間だからこそのフェルナンド・トーレスであり、この実績だと言えるだろう。

 

基本的に無気力人間だと自覚しながら日々を生きているが、住んでるステージが全く違う異世界の人間からこんな刺激を与えられるとは思わなかった。毎日この記事を読んで気持ちを奮い立たせるために、備忘録としてしっかり記録しておく。ちなみに宝塚記念は◎エタリオウで死亡した。